Wednesday, April 27, 2011

一番は他人?それとも自分?

今回の東北関東大震災のアメリカでのメディア放送で気になったこと。

日本でも海外メディアを通して言われているようだけど、アメリカでもこの震災がきっかけで『日本人』に対しての関心が高まったみたいです。中でも、震災直後の東京都心でのバスを待つ人たちの整然とした列、震災地の人たちが救援物資のトラック前につくる列、そうした列が自然に出来て、それに静かに、ただ辛抱強く待ち続ける日本人たちの姿は、アメリカのメディアには衝撃的でした。

テレビでもラジオでも『震災直後の日本のあんな風景はアメリカではありえない!数年前のハリケーンカトリーナの時は大勢の人々が救援物資のトラックの上にまで人が登り、物資を奪い争っていたし、暴力事件、窃盗事件が耐えなかったのに・・・』と。

そこで思ったのが、私たちの教育のこと。

日本ではおそらく一番よく言われ続けてきたこと、それが『人に迷惑をかけないようにしなさい』。家族のなかのしつけだけではなく、義務教育の中でも、そして社会においても、『人の迷惑にならないように』日々過ごすことが大切とされる。その結果、生まれる『和』というのは日本の美徳のひとつだし誇るべきものだと心底思う。でも『迷惑にならないように』生きるには、常に他人がどう思うかという、まず他人の意見を重視した生き方が生まれる。自分がどう思うかというのは二の次になる。

日本の集団主義はその『他人に迷惑をかけてはいけない』っていう根本の信念があるからこそ成り立つもの。でもアメリカのような移民大国で、なおかつアメリカ人といっても様々な文化背景、価値観、人種から成り立っている国では、みんなが同じ信念を持っているとは限らない。むしろ無理だとも思う。だから自然と個人主義にもなるし、その結果、常に『他人』のことを考えるよりも『自分』や『自分の家族』が一番になる。

日本ではやっぱり緊急時においてでもみんなが秩序を保とうとして『他人』のことを考え、集団の『和』を大切にするんですね。これって世界的に見ればすごい特殊なこと!!

でもこの日本人の信念は日本にいる限り有効だけれど、外に出るとちょっとややこしいことにもなるのです。

シアトルのカレッジで留学生相手の仕事をしていたとき、授業中にディスカッションの際、自分の意見を言わないといい成績がもらえないこと、そしてプレゼンの連続にストレスを抱える子達に多く会って、いろいろ話をしました。そりゃあ、いままで個々人の意見はさほど重視されてなかった社会から、突然自分の意見を主張することこそが大切な国に来たのだもの。大変なのはあたりまえ。私も渡米当初、大学院でどれほど苦労したことか・・・。


『他人』が一番?それとも『自分』が一番?


アメリカと日本で実は似ているようで、かなり違う。大量の情報が飛び交い、多くの人間も行き来するけれど、異なる信念に支えられてそれぞれの社会が成り立っていると思うのです。

だから、私がたまに疲れるのもしょうがないか・・・。

No comments:

Post a Comment