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Sunday, November 27, 2011

かぎ編みで携帯入れとネックレス

先日はサンクスギビングデーでした。

11月4週目の木曜日は毎年サンクスギビングデーで、この周辺からアメリカはホリデーシーズンで街がお祝い気分に包まれます。これからクリスマスまでは、どこにいってもプレゼントを買いあさる人たちでいっぱい。あー今年ももうすぐ終わるのねぇ・・・というちょっとしみじみした気分にもさせられます。

このサンクスギビング、いつも私は日本のお正月を思い出します。

前日は空港やフリーウェイは実家帰りをする人でいっぱいになり、当日はほとんどのお店がしまり、町中がしーんとするのです。この雰囲気が元旦みたいで、なんか好き。

そしてその次の日は打って変わってショッピングモールに多くの人が明け方から並び、街は大混雑する年に一度のセールの日、Black Friday。まるで日本の1月2日みたいです。


毎年私たちは義理の父親とその奥さん、そして彼らのお友達の集まりに招待されます。

今年も、リクエストがあった旦那手作りのケーキ、Trifle(トライフル)を持って行って来ました。サンクスギビングディナー、食べてきましたよ!七面鳥にクランベリーソース、じゃがいもにグレービーソース、スイートポテト、にんじん、ブラッセルスプラウト、スタッフィング、アスパラガス、ポークなど。七面鳥の丸焼きは何度見てもかなりリアルで、まだ慣れません(笑)。


旦那手作りのトライフル。いちご、キウイ、ラズベリーとブルーベリーの下にはケーキがあります。
とっても好評で、彼もうれしそうでした。

ケーキの他に好評だったのが、私のしていたネックレス。前日余り糸を使ってかぎ編みのお花作りをしていたところ、アクセサリーが欲しかったのでネックレスにしました。

かぎ編みのお花に、小さいポンポンをつけました。

このネックレスはしてみるとネックレスというより、首元に花の飾りがついたVネックのシャツを着ているようにみえるのが気に入ってます。

もう一つ意外にも感心されたのが、携帯ケース。最近私たちはようやく21世紀入りをしてIphoneを手に入れました。表面がつるつるしているので、携帯ケース必須で、これもためておいた余り糸で作りました。


かぎ編みでぐるぐる編んだだけ。これはすじ編みです。

申し訳ないくらい簡単なのに、編み物しない人からしてみるとこういうのでも感心の的になるのね。


サンクスギビングも終えて、12月はもうすぐそこ。この時期は午後4時前にはカーテンを閉めるくらいに暗くなってしまうシアトル。家で過ごすことが自然に多くなって、ますます編み物率の高い生活になりそうです。

Saturday, October 29, 2011

どこ見てもかぼちゃばかり。

日本ではハロウィーンといっても大したイベントがあるわけでもなく、お店にかぼちゃの形をしたグッズが売られたりするくらいだと思うのですが、アメリカでは子供にとってもオトナにとっても大きなイベントです。

今日は土曜日ということもあって、街には仮装した子供たち&付き添いだけどやっぱり仮装している親御さんたちが住宅街や町を練り歩く姿をたくさん見かけました。

そしてどこのスーパーマーケットの軒先でも、カービングのための巨大かぼちゃがハロウィーン直前ということもあって、叩き売りされています。


くさる前に買っていってくれー


去年は大学で働いていたので、学生のハロウィーンイベントに参加しました。職員だったので特に仮装する必要はなかったのですが、一応売られている女の人用のコスチュームを見に行ったところ、どれも不必要に露出度が高いものばかり。(さすがね。)

20代前半ならまだしも、30過ぎてミニスカートの魔女やら、セクシーな黒猫やらになりたくもなかったので、ハロウィーン用に編んだ目が覚めるようなオレンジ色のスカーフと帽子をして、その場をしのぎました。

大学で教える旦那も31日月曜日は仮装していくことになってます。

今までの仮装は、髪を黒く染めて(本人は金髪)黒い髭をつけて黒いスーツを着たチャップリンに、緑色に塗った顔に血のり(!!)をつけて嘘の釘をこめかみに付けていったフランケンシュタイン。

大変な準備が要るので(朝早く起きるとか、コスチュームを作るとか)、本人はかなり面倒に思ってる思っているのですが、いざやるとなったらちゃんとやらないとプライドが傷つくらしく・・・。

月曜日は何になっていくのかしら?ハロウィーンも結構大変な仕事です。


ハロウィーンへのものすごい意気込みが感じられる近所のお家。

Tuesday, October 4, 2011

フォスターペアレンツになった日。


先週土曜日の夕方、私と旦那さんはついに猫のフォスターペアレンツになりました!

8月にオリエンテーションに行ったきり、旅行やら仕事やらで延びていたのですが、先日アニマルシェルターから猫を預かってきました。

このシアトルアニマルシェルターのボランティアの詳細についてはここをクリックしてください。


受付で「フォスターペアレンツだけど、いまフォスター先が必要な猫はいますか?」と聞くと、何匹かの子達を紹介されました。基本的にフォスターペアレンツが必要な猫は、生まれてすぐの赤ちゃんから、虐待された猫、病気がちな猫、あとはシェルター先のケージが満杯な時にフォスター先が必要になります。

病気を持ってたりするとアダプトは出来ないので、元気になるまでの間フォスターペアレンツ先で過ごしながら、人間への信頼を取り戻したり、コミュニケーション力をつけるというのが、このボランティアプログラムの流れになってます。


そのため、スタッフの人と一緒にISO Roomと呼ばれる風邪か病気を持ってる猫たちがいる場所に行ったのですが、そのつらいこと、つらいこと・・・。中に入ると狭いケージの中からいっせいに猫たちが鳴き始めるのです。くしゃみしてる子や、片目しか使えない子、おびえきってる子など、それぞれいろんな事情があって、野良猫になって病気になってたところをシェルターに連れてこられた子たち。


みんなつれて帰りたい!と旦那と二人で苦しみつつ、狭い我が家ではさすがに一匹が限度。この中で「ラウル」くんという、風邪(URI)を引いている子を連れて帰ってきました。会った途端にケージの中から鳴きながら手を伸ばしてきたのに抗えませんでした。

6歳なので立派なオトナですが、前の飼い主が亡くなって野良猫になって弱っていたところを先月シェルターに連れてこられたとのこと。


こんにちは!

シェルターから来る猫たちは、人間のことを怖がる子が多かったりするので、新しいお家に来ても何日も隠れ続けると聞いてました。ラウルくんも、一日目の夜はソファーの下の隙間に入って出てこなかったものの、二日目からはかなりリラックスして、居眠り中の旦那の上で寝たり、ベッドの上で寝たりしてました。なんという適応力!

とっても人懐こくて、行儀もよく、「結構扱いが大変な猫もいるよ」と聞いてたのでびっくり。さっそく猫と一緒の生活を楽しんでます。


そこで、せっかくいい手作り目的が出来てしまったので(笑)、こんなものを作ってみました。




ふっかふか。
猫のベッドです!

参考にしたのは、こちらのサイト。この作り方だとドーナツ型の底にクッションを縫い付けるのですが、私は中のクッションはよく洗うだろうと思って、ベッドの底をキャンバス生地で作り、そこに別に作ったクッションを入れることに。

生地はパッチワークをやる義理の姉からもらった大量にもらった生地の中から選びました。2ヤードくらい使ったかも。大きく作ったつもりだったのに、綿とコットンバッティングを詰めてみると意外に小さめになってしまいました。ラウル君には小さいかも??


初めてのペットプロジェクトに一人で興奮気味だったのですが、ラウル君はまったく反応せず。。

でも翌日の今日、なんと使ってるじゃないですか!うれしーい!!


ちょこーん。
 風邪引きさんばかりのシェルターのケージの中じゃなかなか治りづらいだろうけど、ここでゆっくり過ごせば、早く風邪も治るだろうと思います。もっとちゃんと食べるようになるんだぞー。

Sunday, August 7, 2011

映画館にあまり行かなくなった理由。

とにかく映画が好きで、ニューヨークにいたときには映画配給会社でインターンシップをし、映画祭と言えば迷いなくどこでも行っていた私が、シアトルに住むようになってからは映画館はとおーい存在になってしまいました。

まあ、家でも新しい新作映画がケーブルテレビを通して見れてしまうというのもあるけれど、映画館に行くっていうのは本来「映画を見に行く」以外にも、「映画館でゆったりと一人の時間を楽しむ」というかなり重要な目的があります。そして私の場合は「映画みたいから映画館に行く」よりも、「一人で静かにゆったりしたいから映画館に行く」ということが多いのが事実。


東京にいたときは、仕事を定時に終わらせた日に、一人でいそいそ映画館に行って(たまにアルコールとともに)暗闇の中で静かに映画見ることが、至上の楽しみだったのになあ。うう、懐かしいっ。


アメリカの映画館でも、同じことが出来ると思ってたのですが、それは違いました。こっちの映画館では、そういうゆったり一人時間を楽しむことが出来ないのです!(いや、出来るのかもしれないけど、少なくとも私はまだ出来てません。。)


多くのアメリカ人は常に自分の意見や感想を述べることが非常に多く、それを当然のごとく公共の場だろうが、場所や他人の視線を構わず発揮させてます。渡米当時は、このありとあらゆることに関して、いちいちはっきりとした自分の意見や好みを持っているアメリカ人ってすごいなあ、と思ってました。中和的意見が多い日本に長く住んできた私にとっては、この「あ、自分は別に何でもいいです」という態度と対極にあるアメリカ人の態度に驚いた。

でも生活も長くなってくると「誰も聞いてないのになんでいちいち話すの??」とちょっと鬱陶しく思うことも事実。。あれ?でもよく考えてみると、私の隣に座ってるこの旦那も同じことしてるじゃない??

例えばテレビを二人で見てるとき、ニュースで誰かが言ってることに賛成できないと(賛成しないことがほとんど)自分の意見をとうとうと述べはじめるし、ドラマにしても、コマーシャルにしても何かしら感想やつっこみ、意見を述べている。

そして、横に座ってる私はそのせいで、たまにテレビ音声が聞こえないこともあります(苦笑)。

「ねえねえ、ちょっとボリューム下げてよ。テレビじゃなくて、あなたのボリューム」と言うと、「それはちょっと難しいなあ」と言われました!え?つまり、意見感想を述べるっていうのは自分が話したいからというよりも、意志関係なく起こるリアクションみたいなものってこと??


すごいなアメリカの教育。個人主義、自己主張っていうのが意志関係ないところまですりこまれてるなんて!


でも、まさにこれが映画館を楽しめない理由なのです。数ヶ月前、楽しみにしてた映画を一人で見に行ったとき、まわりのみんながひたすら映画に対する意見交換やつっこみをしてるので、リラックスはおろか、映画にも集中できないまま私の映画館体験は終わってしまいました・・・。その上、ポップコーンが頭の上から降ってきたしね。Of course!


みんなぁ、映画館くらい静かにしようよー。



自己主張はいいこと!って日本にいたときは感じてたし、そう社会でも強調されるようになってきたけれど、アメリカに来てみるとこの極度な自己主張(特に公共の場での)はそーんなにいいことではないと実感した日でした。

Friday, July 22, 2011

あれが食べたい!という欲求

国際結婚って想像以上にかなり普通で、同じ国の人同士の結婚とそんなに変わらないんじゃないかなあと思う。でも、違う国で育って来た同士は慣れ親しんできた環境が違うわけで、あえていえばそれによって「おっ!?」と思うことがある。


先日の「おっ!?」は食に関して。


先日の夜中、旦那さんが突然「ピーナッツバターが食べたい!」と言いました。え、そんなもの食べたくないよ私。


この国の人は割りとピーナッツバターにかなりの愛着を示します。他にもドーナツ、ピザ、アイスクリーム、ポップコーンなど。。。

「この国の人ってさ、なんだかピザか(子供が好きそうな)甘いものがあれば幸せって感じだよね。そういうものが無性に食べたくなるのが私にはよくわかんないなあ」

と私がいうと、彼は

「日本人にとっては、カレーとかラーメンとかうどんとかがこういうものにあたるんじゃない?だって日本のテレビ見てると必ず全国のラーメン食べ歩きとか麺類やカレーの特集やってるじゃない。あれは立派なアディクションだよ」と。


ううっ。確かにそれは本当かも。私も甘いものへの執着はあまりないけど塩分を恋しくなることはある。。

なるほどね。あれが無性に食べたい!っていう欲求は形を変えつつ、それぞれの文化にも存在するってことか。時々ラーメンが無性に食べたくなってしまう私には、夜中にピーナッツバターが食べたくなってしまう旦那を非難することは出来ないってことねー。うぅ。

Wednesday, May 18, 2011

アメリカ人のルーツ

その昔、多分中学生くらいまではアメリカ人はみんな「アメリカ人」だと思ってました。アメリカ人も日本人みたいに単一民族なんだろうと。

その後、日系アメリカ人の存在や、アメリカの歴史、移民大国であることを知ってアメリカ人の中でも多様性があるんだとは分かってたつもり。


でも、実際にその多様性を体感したのは、数年前アメリカの大学院に来たときのこと。

アメリカ人生徒が自分のルーツを話したがることに気づき、なんだかとっても衝撃的でした。「私はイタリア系よ」「僕はポーランド系と、アイリッシュが混ざってるんだ」「私はスコットランドとレバノン系」などなど。こんな会話日本じゃありえない!

もとをたどってみればみんな移民だったアメリカ人。自分の先祖がどこから来たのか興味を持つのはとっても自然なこと。大学院で会った多くの人は「自分のルーツ探し」として先祖がいた国を留学先を選んでるのも納得しました。


私の旦那は母方がアイルランド系、そして父方はデンマーク系です。確かに言われてみると、彼の人の良いところ、情熱的、頑固なとこはアイリッシュから、顔つきに背の高さ、独特の皮肉なんかはデンマークから来てるのかしら・・・???いや、やっぱりこれは彼自身の性格かな。

いずれ二人でこの二つの国を訪れてみたいです。

ダンナ

うちの旦那さんはあまり動揺することがないなあ、と思う。

仕事が忙しくて、いっぱいいっぱいになることはあっても、驚くとか動揺するとかそういうことがほとんどない。そして大変な状況とかにパニック状態になることもない。私が朦朧とした状態で救急車で運ばれたときでさえも、旦那はすごく落ち着いてしっかりしてた。

そういうことろに私はすごく助けられてます。


Don't worry, I'll take care of it. って旦那がよく言う言葉。

It will work out. We are fine. と言われると、ああ、大丈夫なんだって思わせてくれる。



結婚することもないだろうと思ってた旦那と、結婚なんて一大決心ぜったい自分には無理って思ってた私。意外にすっと結婚してしまった。

出会いって不思議。縁って本当にあるものなのね。

よかったね、私たち。


Friday, May 6, 2011

幸せな家庭のひみつ

”Happy wife, happy life’

最初に聞いたとき、なるほど!アメリカの結婚観をよくあらわしてる言葉だなあって思いました。実は旦那もよくこう言うのです。たとえば家財道具を買うときとか、私と彼の意見が違ったときに最終的には「ハッピーワイフ、ハッピーライフだからね」といって、私の好みの方を買うことになったり。。

つまり「奥さんが幸せだったら、その家庭自体が幸せになる」ということで、奥さん中心に物事が決まったりするのです。

私たちがよく見るテレビのチャンネルで、HGTVというのがあります。終日ずーっと、家に関することばかりやってるチャンネルで、いろんな人の家選びから、家のインテリア、庭の手入れなど、
アメリカ文化を垣間見れるし、それにどのくらいの金額でどういう家が買えるのか、人はどういう家を買うのかってみてるとかなり面白い。

そのなかで、実際の夫婦がお互い違う家を気に入ったときに、旦那さんの方が結局折れて「Happy wife, happy life」といって、奥さんの気に入った家の方を選ぶことが結構多かったりするのです。

経済的には旦那さんが支えていても、奥さんっていう存在はやっぱり家庭の中心で、旦那さんは奥さんを一番にする。それがアメリカでは当たり前みたいなのです。


そうそう、日本人男性と国際結婚している中南米の友達と結婚観の違いについて話してたときのこと。

友達は「日本人の旦那は奥さんよりも、子供を一番に扱うのよ!ラテンアメリカでは、まず第一に奥さん。その次に子供よ。日本は結婚すると突然子供中心になって、夫婦が夫婦じゃなくなって、ただの両親になるのよね」といってました。

うーんなるほど。ちょっと分かるかも・・・。

アメリカでは、子供が出来た後でも、子供を預けて夫婦で食事に出かけるデートナイトっていうことをみなさん普通にしてます。子供が出来ても、相手のことを「お父さん」「お母さん」とは呼ばないものね。

うちはどうなるのかなあー

Sunday, April 10, 2011

手を動かすこと


今日の私の机の様子。

窓際にある机は日中時折光が差し込んでくる。そこに座って手を動かすことが、私のお気に入りの過ごし方。近くに暖房もあるからなおよし。外では旦那が日曜大工に励んでるところ。


今日は4本棒針を使って余り糸の小さなきんちゃく袋を編みつつ、この間作った薄ピンク色のフェルト小物入れが寂しげだったので、ボタンと刺繍でかわいく飾ってみようと思い立つ。取り掛かるプロジェクトがあるってとっても楽しい。




母は手仕事が好きで、とても上手で細かくて、プロとしてものを作って売ってもいた。けれどそんな母を傍らに、自分にはものづくりは絶対にできないとずっと信じて疑わなかった。手仕事する人を尊敬し、憧れ、手作りものも大好きでよく買ってはいたけれど、30年近く自分で何かを作るっていう発想にはまったく至らなかった。


それなのに、シアトルに来てから突然目覚めたように手作りの世界にずぶずぶはまっていった。

それはアメリカでなかなか自分好みの可愛い小物、帽子、マフラーやアクセサリーが見つからなかったこと。

そして旦那の一言。「自分自身の限界Limitationを定めてるのは社会でもなく、家族でもなく、他の誰でもなく、自分なんだよ」
この言葉は私にとってEye-openingで、曇っていた視界が突然開けた感じだった。


かたくなに信じて疑わなかったことが、ほんの些細なことで突然はらって崩れることがある。
まさにそれ。あ、そうか私もしかしたら自分で何か作れるのかもしれないって。そもそも、「できない」ことに根拠なんてなかった。

それから始まった毛糸、ビーズ、ボタン、刺繍糸の収集。

旦那さん、あなたが何も言わなかったら、きっと私はこんなにモノを集め始めることもなかっただろうに。散財してごめんなさい。でも私が「できる」ってことに気づかせてくれて、ありがとうね。